QLITRE DIALY

素数年になった

2026年04月05日

目標というほど強い縛りではないが、今年は一週間に一回のペースで日記を更新しようと思っている。

比較的に長い文章を打つことは頭の運動をしているようで気持ちがいい。Xは140文字以内という制限があるし、仕事の文章はもうほとんど生成AIで書くようになった。そうすると自分に残されたそれなりの長さの文章を書く場がこの日記しかなくて…という感じ。なので、書いているだけでちょっとした新鮮な気持ちがある。それで続けられているのかもしれない。

今日は先日の4/3に誕生日を迎えて37歳になったのでそのことについて書きたい。

素数

Xの投稿でも書いたが、「37」という数字は素数に該当する。素数とは1とその数自身でしか割り切れない数字である。これがそんなに多くないからか、ちょっとした節目のようなものを感じている。

試しに37までの素数を列挙してみる。

2、3、5、7、11、13、17、19、23、29、31。

どうだろう、なんとなく「節目感」が出てこないだろうか。

試しに自分の場合を振り返ってみる。

2歳の頃の記憶はほぼないものの、3、5、7はいわゆる七五三に該当する。

11歳は小学校の終わりに差し掛かる頃で思春期の始まり。ちょっとエッチななことを考え始めた年齢だ。当時は紙のエロ本が道端に捨てられていることがあったので、それを拾って校庭の裏に隠してストックして、、みたいなことに勤しんでいたものだった。

13歳は中学生になってまぁエロいことしか考えてなかった。17歳は高校生真っ盛り。この頃から音楽の趣味が固まってきた気がする。ちなみに僕はもうちょっと後だったが、このあたりで初体験を迎える人は多い気がする。19歳で大学入学、ここで出会った友達とは今も遊んでいる。23歳は会社に入って荒波に揉まれる。

29歳は20代最後の年。この頃に結婚式をした。そして31歳の時に令和元年を迎えた。

このように素数年をざっと振り返るだけで人生の主要なところを抑えられたような気さえする。飲み会で自分の素数年の話をすると意外と盛り上がるかもしれない。

そしてついに37歳になった。年はとったな、とはとりあえず思う。しかし、年をとることはそこまで悪くない。

上で触れなかったが僕は若くしてハゲていたという人生の特徴があった。つまり若ハゲだ。上の素数年に当てはめると17歳の頃には相当あやしいというか、雨に濡れると完全に頭皮が見えるという感じ。これを起因としたからかいがあったことは想像に難くない。そして、29歳の時にはもう誰がみてもハゲになっていた。こうするとバリカンで頭を剃るだけで頭髪のメンテナンスができるようになった。シャンプーもいらない。これはこれで経済的である。当時は営業をやっていたのでお客さんにも一発で顔を覚えてもらえてよかった。開き直ることで見える世界があるというか、メリットに気づけるようになってきた年齢だ。

37歳になるともう完全に若くはない。そのため、「若ハゲ」から普通の「ハゲ」になってきたという自負がある。17歳の「若ハゲ」はコンプレックスだったが、この年齢になると周りにもそれなりにハゲが増えてくる。やっと時代が自分が追いついてきた感じがして、安心感を覚える。そう考えると、人間はだんだんと老いることで同じような姿に収斂していく(最後は骨)ので、若い頃のコンプレックスは年を重ねれば重ねるほど気にならなくなるのかも。少なくとも自分の場合はそうだった。

そんなわけでとりあえず生きているだけであっても年を重ねるのは悪いことばかりではない。

小ネタ

以下はちょっとした小ネタを。

人類みなハゲ

人類はみなハゲである。以下はその証明。

いまここに髪の毛が一本もない完全にハゲている人がいるとする。その人物に髪の毛を1本足しても同様にハゲである。そこに1本足してもやはりハゲ。これをずっと続けていくと、髪の毛が何本あってもやはりハゲということになる。証明終了。

枯れ木も山の賑わい

飲み会で上司が「さいきん白髪が増えてきてな…」とか、女の先輩に「ストレスで円形脱毛症になっちゃって…」みたいに髪の毛に関するコンプレックスを打ち明けられる場面がある。こういう時に「枯れ木も山の賑わいですな!」というと結構ウケる。

※もちろんハゲてない人がこのネタを使うことはおすすめしない。

中島らも

自分は中島らもがいちばん好きな作家の一人なのだが、彼も同様に4/3生まれである。ちょっとした自慢である。「同じ誕生日だから好きになった」というわけではなく好きになってからこの事実を知ってめちゃくちゃうれしい。

おわりに

はからずもハゲの話が多くなってしまった。もしハゲで悩んでいる人のちょっとした救いになれたらこれ幸いである。ではでは。