2023年02月05日
海外にいる時と、自国にいる時とでは、人間の行動には決定的な違いが生まれる。
言葉や習慣が異なるなかで、人はアンテナの感度を上げ、必死で他者の真意や気持ちを汲み取ろうとする。
スローシャッターを読んだ。
Twitterでフォローしている方が紹介していて気になったので購入をした。
ジャンルとしては紀行文にあたる。
すこし特殊な点が、書かれた旅が全て仕事の出張であるということ。
著者の田所さんは水産系の商社に勤めていて、一般の人は行ったこともなければ聞いたことがないような場所を旅をする。
アラスカのキーナイ半島、チリのチャポ湖、ベトナム、ニャチャンの食品工場…
そこで出会った人々との交流を切り取った紀行文である。
一気に読んでしまった。とても、すばらしい本だった。
本だから当然、文章を読んでいたのだけど、いい写真をずっと眺めていたような、そんな気持ちになる不思議な本だった。
さて、前述の通り著者は水産系の商社に勤めていて、一般的には特殊な場所に行ったり、特殊な仕事を行いながらも、詳細が語られることはあまりない。ちょっと読む前に期待していた業界やその地域の裏話みたいなものもない。
淡々と、言葉少なめに、旅先の情景と、出会った人との交流が語られている。
スローシャッターというタイトルが良く本書を表していると思う。
シャッタースピードを遅くすると写真にはブレが生じる。想像の余地、余韻のようなものが生まれる。
この本の文章はスローシャッターで撮られた写真のように、なんとも言えない余韻を読後に残す。
ロアンのいる工場からの物流は途絶えない。彼女も、多くのスタッフ達も、愛する家族が待つ家に帰れないまま、既に数カ月間働き続けている。
頭の中が、ぐるぐるする。
こんな時、ありがとうという言葉は少し違う気がした。ありがとうと言ってしまうと、このまま働き続けてほしいという意味になってしまうかもしれない。今すぐ仕事を放棄して、家に帰れと伝えるのが正しいのかもしれない。
だが、電話の向こうの彼女は、当たり前のことをしているだけだと言う。そこには言葉にならない決意があった。
その強さはどこから来るのだろう。
「生活のため」だけではない何かに対し、一体どんな声を掛ければいいのだろう。
伝えるべき言葉を、僕はまだ持たない。
見落としていただけで、日常の中にも美しい心の交流や葛藤がある、という気づきを与えてくれる本だった。
この日常に対する眼差しと、文章への余韻の持たせ方が、須賀敦子さんのエッセイっぽいと個人的に思った。
超おすすめです。ではでは。