QLITRE DIALY

SF小説を読む 『三体 Ⅲ 死神永生』

2022年09月03日

『三体』シリーズの完結編、『三体 死神永生』を読み終えたので、その感想。

1作目と2作目の感想については下記を参照されたい。

SF小説を読む 『三体』

SF小説を読む 『三体 Ⅱ 黒暗森林』

あらすじ

前作で語られた三体世界への切り札として立案された「面壁計画」。その背後で極秘のプラン「階梯計画」、通称「ラダー・プロジェクト」が進んでいた。それは侵略中の三体艦隊に人類のスパイを送る、という計画だった。この計画を実現に導いたのは、若き航空宇宙エンジニアの程心(チェン・シン)。プロジェクトの鍵を握るのは、学生時代に彼女の友人だった雲天明(ユン・ティエンミン)。二人の関係が人類文明、それから宇宙全体の運命を動かすとは誰も知らなかった…

一方、三体文明が太陽系に送り込んだ極微コンピューター、智子(ソフォン)は絶えず地球の監視を続けていた。面壁者、羅輯(ルオ・ジー)の秘策により侵略が抑止された後も、智子は女性型ロボットに姿を変えて、二つの世界の橋渡し的な存在を担っていた。

死神永生について

前作の「暗黒森林」の終わり方はかなり秀逸だった。羅輯(ルオ・ジー)が解き明かした暗黒森林抑止作戦によって、人類と三体世界との決着がついたかのように思えた。客観的にみて、ここで物語が終わり、となっていても充分に納得ができる。逆に言えば、ここからどんな物語が展開されるのだろう、という疑問が読み進める前にあった。三体世界と共存共栄していく物語が描かれるのだろうか、それは退屈かもなぁと考えていた。

しかし、予想を良い意味で裏切ってくれた。三部作の中で最も超スペクタクルで、エキサイトな展開が繰り広げられていた。人間のスパイを送り込む「ラダー・プロジェクト」、前作で章北海が蒔いた暗黒の種の行く末、遂に始まった三体世界の絶望的な侵略、その決着、そして、程心と雲天明の時空を超えた愛の物語、宇宙の始まりと終わりの謎、などなどこれでもかっというくらいに読みどころが凝縮されている。

とても語りつくせるものではないが、個人的に面白いと思った点を以下にまとめる。

トマス・ウェイドという人物

今作の主人公の程心が参画する「ラダー・プロジェクト」の責任者がトマス・ウェイドだ。

この人物、人が不幸に陥ることに快感を覚えるという、サイコ野郎的な描かれ方をしているのだけど、発言が非常に含蓄に富んでいる。

個人的には真似したくなるほどかっこいい。

ウェイドはテーブルを叩いた。「もういい! いまは細かい話はどうでもいい。いまは実行可能性を評価しているわけじゃない。このアイデアを実行可能性調査(フィジビリティ・スタディ)にかける値打ちがあるかどうかを評価しているんだ。大局的に見て、問題があるかどうかを考えろ」

以上は「ラダー・プロジェクト」の発足の時のセリフだ。程心があるアイデアを出し、それについて集まった科学者たちが細かい議論をしている時にこのセリフが発せられた。

こういう「必要じゃないのに細かい議論をしすぎてしまう」、結果として「決めたいことが決められなかった」という場面は実世界のビジネスの現場でも良くあるんじゃないかと思う。

このことは心に留めておきたい。

ウェイドの言動は有体にいって「パワハラ」だけど、妙に味がある。

程心はPIA本部に戻って、この調査結果を会議で報告した。関連するすべてのリサーチ結果が出揃うと、プロジェクトメンバーはふたたび失意のどん底に沈んだ。だが今回は、前回と異なり、だれもがウェイドに期待していた。

「なにをじろじろ見ている? おれは神じゃない!」ウェイドは会議室を見渡して怒鳴りつけた。

「それぞれの国からここに派遣されているのはなんのためだ? 給料をもらって悪い知らせをおれに伝えるためか? 解決策をおれに求めるな。問題を解決するのはおまえたちの仕事だ!」ウェイドはそう言い放ち、テーブルの脚を思いきり蹴った。キャスターつきの椅子は、耳障りな音とともに、いつにもましてずっとうしろまで滑っていった。そしてウェイドは、会議室内禁煙の規則を破り、葉巻に火をつけた。

まぁテーブルを蹴ったりするのはどうかと思うが、このセリフはどこかの場面で使ってみたい。

ちなみに、このトマス・ウェイドという人物には三体世界も一目を置いていた。

「もう行きます。羅輯博士に、三体世界からの最大限の敬意を伝えていただけるかしら。彼は強大な抑止者で、偉大な戦士だった。それと、もし機会があれば、ミスター・トマス・ウェイドにも、残念でしたと伝えて」

最後の言葉に、程心は驚いて顔を上げた。

「わたしたちの人格分析システムによれば、あなたの抑止度は10パーセントあたりをうろちょろしていた。地を這うネズミみたいなものね。羅輯の抑止度曲線はつねに90%付近。いまにも襲いかかろうとする恐ろしいコブラだった。でも、ウェイドはー」

智子は煙をすかして、沈みゆく夕陽を見つめた。地平線の上に出ているのは、もうてっぺんの一部だけだった。智子の目に、一瞬恐怖の色が浮かび、それから、心の中の蜃気楼を追い払うように勢いよく首を振った。

「彼のグラフにはそもそも曲線がなかった。他の環境パラメーターがどうあれ、彼の抑止度はすべて100%だった。とんでもないやつ!…」

マジでとんでもないやつなのでこれから読む人はぜひ注目をしてほしい。

程心と雲天明の別れ

次に読みどころだと思ったのは、序盤の程心と雲天明の別れの場面だ。

序盤に語られるラダープロジェクトは一言でいうと、冷凍保存した人間を迫りつつある三体艦隊に向けてぶっ放すという計画だ。

選ばれた人間は200年間あまり宇宙空間を彷徨うことが必須であり、その人間は事前に死んだ状態で送られる。

だけど、捕獲した三体人が超技術で蘇生させてくれるだろうから死んでても問題ないよね、というとんでも計画だ。

雲天明は日陰者、いわゆる非リアに属する人物で、程心にずっと想いを寄せていた。

程心はそれと知らずに残酷な決断を雲天明に下してしまう。

「ラダー・プロジェクト」のスパイとして雲天明を採用したいと告げたのだ。

程心が部屋を出てそっと扉を閉めると、天明はヒステリックに笑いはじめた。

ぼくはなんて莫迦だったんだろう。世界一の大莫迦野郎だ。愛している人に星を贈れば、その人が自分を愛してくれるとでも思っていたのか? 清らかな涙を流し、大海原を超えて救いに来てくれるとでも? どこの世界のおとぎ話だ。

いや、程心はぼくに死んでくれと頼みにきたのだ。

雲天明が宇宙空間に発射される直前で程心は彼の想い知る。

この別れのシーンは三体全体でもかなり切ないシーン。率直にいって、泣ける。

おわりに、三体シリーズについて

一冊目の『三体』から始まって計5冊、1967年の文化大革命から始まって最終的に宇宙の終わりを予感させる場面までの旅をした。スケールという点からいうと今まで読んできたSF小説の中で最大だったのかもしれない。三体ショックとでもいうべき余韻が凄まじく、今のところちょっと他の小説を読む気が起きない。これをまだ読んでいない人は素直に羨ましい。なぜなら三体を読むというエキサイティングな行為をゼロから楽しめるわけだから。

その三体シリーズであるが、どうもテンセントビデオで動画が配信されているらしく気になっている。

日本での配信、放送は現在未定となっているとのこと。

今後の展開に期待。