QLITRE DIALY

SF小説を読む 『三体 Ⅱ 黒暗森林』

2022年08月21日

2作目の黒暗森林を読み終えたので、その感想。

前回に書いたエントリ。

SF小説を読む 『三体』

あらすじ

人類に絶望した天体物理学者・葉文潔(イエ・ウェンジェ)が宇宙に向けて発信したメッセージは3つの太陽を持つ異星文明・三体世界に届いていた。新天地を求める三体文明は千隻を超える侵略艦隊を組織し、地球へと送り出す。地球への到達は約四百数十年後の見込み。

地球には極微スーパーコンピューター・智子(ソフォン)が三体世界から送り込まれ、あらゆる活動が監視されていた。基礎研究も智子によって阻まれ、このままでは三体世界との"終末決戦"に敗北することは必至。絶望的な状況の中、人類は「面壁計画(ウォール・フェイサー・プロジェクト)」を発動し、命運は4人の面壁者に託された。面壁者の一人、羅輯(ルオ・ジー)は葉文潔から託された宇宙社会学の公理を元に現状の打開を試みる…

面壁計画について

前回の第一部では三体世界との電波を通じた邂逅が話の中心だった。今回の黒暗森林はその三体世界の脅威に対して、人類がどう対策していくか、という話だ。

対策については、あらすじにも書いた面壁計画が中心になる。

陽子スーパーコンピューター、智子によって人類の記録や研究活動は一切監視されてしまう。智子が唯一覗けないのが人間の頭の中の考えだ。

面壁計画はそこに目をつけた作戦だ。選ばれた面壁者は地球上のリソースを好きに利用できる権限が与えられていて、その目的は誰にも明かさずに、三体世界との対峙に向けて準備を行っていく、というものだ。

羅輯について

面壁者は4人選出されているのだけど、その中で異色を放っているのが羅輯(ルオ・ジー)だ。面壁者について簡単に紹介をすると、元米国国防長官であり、国家戦略に多大な影響を及ぼしたフレデリック・タイラー、現職ベネズエラ大統領としてゲリラ戦で米国を打ち負かした英雄レイ・ディアス、著名な脳科学者であり、自然科学分野でノーベル賞にノミネートされたビル・ハインズ。そして、最後の一人、羅輯はとりたてて有名でもない社会学者だ。

この羅輯、目を見張るべき功績をあげていないことに加えて、人間性もそこまで優れていないという評価すら与えられている。

以下は国連事務総長のセイの評価だ。

「羅輯博士、率直に言って、あなたは学者失格です。あなたが研究を行う動機は、探求心でもなければ、責任感や使命感でもなく、たんに生計をたてるため」

「近頃の世の中、だれでもそうじゃないかな」

「もちろん、そのことになんの問題もありません。しかし、あなたのふるまいには、まじめに研究にいそしむ学者としては不適切なものが多すぎる。あなたの研究は実利優先で、技術は場当たり的で、話題性を追求し、加えて研究費を使い込んだ過去もある。人柄について言えば、冷笑的で無責任で、学者という職業に対しては莫迦にするような態度をとる…あなたが人類の命運など気にかけていないことはよくわかっています」

ひどい言われようだが、じゃあ何でそんな奴が面壁者に選ばれたのかというと、どうも三体世界が羅輯を異常に恐れている事実があるらしい。

「ふつうの状況下では。あなたのような人間は、どんな重要な職責も担うことはできない。しかし、いまはひとつ、すべてを上書きする要素があります。すなわち、三体世界はあなたを恐れている。みずからの破壁人となって、その理由をつきとめなさい」

羅輯の面壁計画について

他の三人が莫大なリソースを使い巨大プロジェクトを進行させているのに対して、羅輯がまず行ったことは自らが理想と考える地に移住をすることだった。

「ええと、とにかくその湖はあまりに群青色が深くて、黒く見えるんです。うん、そのほうがいい。湖のまわりには、広大な森林と草原。…その湖畔に広がる草地に一軒の家を建てます。大きくなくてかまいませんが、現代的な生活が送れるだけの設備は整えてください。建築様式は古くても現代的でもかまいませんが、周囲の自然と調和していなくてはならない。ほかにもプールや噴水など、付帯的な設備が必要です。家の主が快適な上流生活を送れるような設備すべてが」

「で、だれがその屋敷の主に?」

「ぼくです」

「そこでいったいなにを?」

「余生を安らかに過ごします」

突拍子もない話だが、面壁計画は前提として計画の目的を人に明かす必要がない。

計画の目的が不明瞭なほど、三体世界を出し抜ける可能性がある。

実際、委員会からは以下のような評価をされる。

「委員会から面壁者に疑義をさしはさめるのは、次のふたつの場合だけだ。使用させるリソースが設定した上限を超える場合。もしくは、人類の生命に害を及ぼす場合。それ以外は、いかなる疑義も、面壁計画の基本精神に反する。正直な話、タイラー、レイ・ディアス、ハインズにはがっかりさせられたよ。この二日間、彼らが計画を練るのを見てきたが、それぞれの戦略計画がなにを目指しているのか、一目瞭然だった。だが、あなたのふるまいはぜんぜん違う。じつに不可解だ。それでこそ、面壁者にふさわしい」

現実となった頭の中の彼女

羅輯は付き合っていた小説家の恋人にすすめられて、恋愛小説を書いていた過去がある。

そのとき、自分の頭の中に理想の彼女を思い描いて、小説を書く、という手法をとっていた。

しかし、彼女のことを考えるあまり、妄想と現実の区別がつかなくなり、やがて現実の恋人に対する情熱を失ってしまったのだった。

この手の妄想と現実が境目が曖昧になるというプロットは良くあるように思える。

例えば何らかの超常現象や設定により妄想の中の人物が現実になったり、あるいは現実の人間が妄想の中に入り込んでいく、という話の展開が多いように思う。

三体の変わっている所は羅輯が面壁者の立場を利用して、「僕の頭の中の理想の彼女をここに連れてきてほしい」と要求をするところだ。そして、それは即座に実現される。以降、羅輯と彼女の気持ちの交流が語られる。このあたりは全体の中では小話に当たるような分量だが、重めなテーマの中にちょっと気持ちがくすぐったくなるようなエピソードもあり、印象に残る。

全体的な感想

羅輯の面壁計画を中心に書いてきたが、その他にも宇宙軍の政治的、信念の対立、大脳に人工的に手を加える事に対する倫理、200年後の世界がどうなっていたか、遂に到達した三体世界の探査機の恐るべき性能、タイトルの黒暗森林の謎、などなど読みどころは多い。いささか風呂敷が広がって、ついていくのが大変だったという印象はある。

羅輯にばかり気を取られていたのだけど、後半から、恐らくもう一人の主人公ともいえる、軍人、章北海(ジャン・ヘイバイ)の行動が盛り上がりを見せてくる。かなり重要人物なのだけど、彼のバックグラウンドはあまり注目して読んでいなかったのが、少し、後悔したところ。羅輯がうだうだやっているのとは対照的で章北海は固い信念と行動で未来を切り開いていくタイプ。

彼の歴史を動かした行動に対しての、敵勢力である地球三体協会の評価が、面白い。

章北海がベースワンに戻った頃、地球のインターネット上では、ヴァーチャル三体世界の荒野に一同が集まり、いま起きたばかりの事件について議論していた。

「今回に限っては、智子経由で伝えられた情報は完璧だった。でなければ、真実、彼がなしたことは信じられなかったところだ」秦の始皇帝が不安げに大剣を振りながら言った。「彼がなしたことを見るがよい。しかるのち、われらが羅輯に対して試みた三度の暗殺未遂とくらべてみよ」彼はためいきをついた。「いやまったく、われらはオタクすぎる。少なくとも、あんなクールな有能さは持ち合わせていない」

面壁者パートも面白いのだけど、後半から加速する章北海の行動、その思考の謎に迫る物語が超絶、面白い。

物語の中で彼の判断によって宇宙の暗黒へと踏み出した新人類、どうやらそれが第三部の話に絡んでくるような気がしてならない。

ではでは。