2025年09月20日
先日、東名高速を名古屋方面に向けて走っていて、清水PAについたときに、ある看板のキャッチピーが目に入ったのだった。
鉄馬と野会、
今日の自分は遊んでる?
好奇心は元気か?
冒険心は健全か。
人生に、スパイスを。
鉄馬というのがものものしいイメージを想起させるが、看板のしたの方をみると「キャンプツーリング」という単語があるので、おそらく「バイク」のことを指している。
時間がなかったので中には入らなかった。キャンプ x ツーリングというテーマで様々なグッズが売っているようだった。自分はバイクもキャンプグッズも持っていない。ハイエースなどの大きめの車にテントとか簡易ベッドとかテーブルとかをわしゃわしゃっと詰め込んで向かうイメージをキャンプには持っていたが、バイクで行くという文化もあるらしい。そのため、「好奇心」、「冒険心」、「スパイス」などの単語がコピーに含まれていたのかな?というようなことを考える。
高速のPAというのは面白い場所だ。ぶらぶらしていると、普通だったら隣接していないようなお店が一緒になっていたりする。
次に目が入ったのはドン・キホーテの以下の商品コピーである。
パワフルな噴射力で風の影響も受けにくく
大きなフロントガラスも約3秒でコーティングできます
洗車後に使う撥水スプレーだ。
注目するとメインとなるコピーの他にも様々な商品情報が詰め込まれている。
「よく飛ぶ」のはあえて離れた場所から洗車スプレーを噴射する人がいるのか、どうなんだ、という気もするが、とにかく「パワフル」さを強調したい結果だろう。従来製品から「50%」性能が向上し、なんと雨の日に3秒でコーティングが完了する。
雨の日に洗車をする人はあまりいないと思うが、「洗車したばかりなのに雨が降ってきてしまった」という状況の時にこのスプレーがあると安心だ。なぜなら3秒でコーティングが完了するので、愛車の光沢を保つことができる。
ここで気になったのは先ほどのキャンプ用品店とのキャッチコピーのギャップだ。
キャンプ用品店の方は「冒険心」、「好奇心」、「人生にスパイス」など、見た人に想像を委ねさせる抽象的なキャッチコピーが並ぶ。一方で洗車用品は「パワフルな噴射力」、「撥水力」、「雨の日3秒」など、どこまでいっても実用的な側面が語られている。
なぜこうした違いが生まれるかというと、洗車用品に「冒険心」や「好奇心」はいらないからだろうか。
冒険心のある洗車スプレー、それが一体どんなものなのかわからない。想像してみると、例えばこういう商品になるのかもしれない。
「使ってみるまでスプレーの色がわからない」
通常洗車スプレーは無色透明だ。しかし、このスプレーはなんと着色もできるのだった。
その上、使ってみるまでどの色が出るのか、全くわからない。これは紛れもなく危険を冒すという本来の意味での「冒険」だ。
10月の気持ちの良い休日、男は洗車をすることにした。
空はよく澄んでいて、暑くもなく寒くもなく一年で一番気持ちのいい時期だ。蛇口とホースを接続して、愛車の水洗いをする。カーシャンプーを染み込ませたスポンジで丹念に車を磨き上げる。
一通り磨いたあとは再び水で車体を洗い流す、車体についたシャンプーの泡が流れる。流麗なボディが露出していく様子を眺める、その男は洗車の工程の中でこの光景を眺めるのがたまらなく好きだった。しかし、うかうかしていると、水垢が残ってしまう、急いでタオルで車体を拭きあげる。メーカーはトヨタとかホンダでもなんでもいいが、スポーティな外観をした黒のSUV。洗車後の車体には10月のよく澄んだ青空が反射して輝いていた。
そして男は最後の仕上げで、先日購入した撥水スプレーを噴射したのだった。
風の影響を受けにくいパワフルな噴射力で、黒のSUVに真っ赤な染みがひろがってしまった。男は茫然自失としてしまった。なぜこんな「冒険」をしてしまったのか、後悔の念が絶えない。そこへ、これから外出をするであろう隣人夫婦が外に出てきた。茫然自失としている男と、真っ赤な染みが広がった黒のSUVを見比べていた。無言のまま男を見つめていた。その男は何か言葉を発しなければいけないと思った。口から出た言葉は以下のようなものだった。
「いやーどうもどうも、お出かけですか?それにしても気持ちのいい朝ですね、ちょっとね、人生にスパイスが欲しいと思って試してみたんですよ、この冒険スプレーでね…」
男はこのあと板金塗装屋に車を持ち込んだ。全面塗装でおよそ8万円の見積をされるのだった。
仮に洗車スプレーで冒険をしてしまった場合、このような結末になるのではないかと思う。そのため、全くもって洗車用品に「冒険」は必要なく、やはりカー用品は実用的であればあるだけいいということがよくわかる。
では逆にキャンプ用品に「実用的」な側面を盛り込んだらどうなのだろう。
都会の喧騒から離れた空間。星空が鮮明にみえる。人工的な明かりが少ない場所にくると、こんなにも星が綺麗なのか、ということに気付かされる。そこで、着火石を使って火ダネから焚き火をつけようとした。YouTube動画で予習をしてきたが、あいにくその日は風が強く吹いていて、なかなか難しい。30分以上も苦戦をしていた。
ここで以下のような製品があった。
「キャンプ場で大活躍、パワフルな噴射力で風の影響も受けにくく、大きな焚き火も約3秒で開始できるガスバーナー」
火ダネから火をつけようと頑張っている友人を見つけて、男はため息をつきながら、ガスバーナーを取り出す。
「こいつはね、風の影響を受けにくいんだ」
そんなことを呟きながら悪戦苦闘している友人を尻目にガスバーナーで炎を噴射する。
これまでの30分の悪戦苦闘が嘘だったかのようだ。
一瞬と断ずるに等しい時間、具体的には「3秒」で焚き火が開始されたのだった。
自分はキャンプをしないので、完全に妄想ではあるが、キャンプ用品に実用的な側面を取り込むとこんな感じになるのではないかと思う。まさに文明の利器だ、人は古来より火をコントロールすることで進化をしてきた、そういう意味では発展の最たる例である。
しかし、これもまた何か違うんじゃないか、という印象をうける。
やはりキャンプに行く人は日常とは違う「不便さ」を楽しんでいるに違いない。
具体的な数字はいらない。「約50パーセント撥水性能がアップしたテント」、「キャンプ場でも家の布団より安眠ができるベッド」というコピーは求められていない。実際の製品の質がどうであれ、便利な日常と不便なキャンプ場のギャップを楽しむのが醍醐味だ。そのため、おそらく日常性はコピーから排した方がいいのだろう。できるだけ抽象的な表現にして、ユーザーの想像に委ねる方が向いていそうなジャンルだ。
キャッチコピーを一つとっても、背景がよく考えられているものだと思うのだった。ではでは。