2025年09月07日
ここのところ考えているのはガブリエル・バティストゥータについてだ。
自分は少年の頃にサッカーをやっていた。特に力を入れていたのは小学校4年生の頃だ。10歳、1999年の頃だ。土日は大体サッカーグランドに通っていたし、平日も放課後に隣町まで自転車を漕いで暗くなるまで仲間とボールを蹴っていた。リフティングの最高回数が100を超えたのもこの頃だ。
とにかくもサッカーをやっていた。サッカーのこと以外は何も考えていなかった。そして、当時のコーチのすすめもあり有名サッカー選手のドキュメンタリービデオもよくみていた。
イタリアのロベルト・バッジョ、フランスのジネディーヌ・ジダン、、などなど当時話題になっていたサッカー選手のビデオがドキュメンタリー化されていた。各選手の幼少期の頃の話からプロになって活躍するまでの歴史を追うことができる。
さて、その中でいちばん印象に残っていたのがアルゼンチン代表、ガブリエル・バティストゥータのビデオだった。
アルゼンチンの名プレイヤーといえばディエゴ・マラドーナやリオネル・メッシなどが代表的で、どちらも身長はそこまで高くなくテクニックで勝負するタイプのプレイヤーだ。アルゼンチンは総じてこういうテクニック系のプレイヤーが多かった気がする。
ガブリエル・バティストゥータはテクニック系とは真逆のパワー・プレイヤーだ。つまり、フィジカルが強靭でシュートがめちゃくちゃ強い。そのシンプルさがすごかった。17歳までバスケットボールをやっていた、という経歴もすごい。小手先のテクニックなんかそこまでいらない、大事なのはフィジカル、そしてシュートが強ければ世界的なプレイヤーになれる、そのことを身体で証明してきた男である。
ペナルティエリア外のロングレンジから放たれるキャノン・シュートでゴールを量産し続けた。その豪快なゴールは誰にも真似できないとされ「バティ・ゴール」と特別に呼ばれた。ちなみに日本がワールドカップ初出場を果たした初戦の相手がアルゼンチン。日本からワールドカップ初のゴールを奪ったその人がまさにこのガブリエル・バティストゥータであった。
ビデオの話に戻そう。そんなバティストゥータがインタビューを受ける場面が印象的だった。
「休日は何をやってるのですか?他のサッカーの中継をみたりはしますか?」
「サッカー?サッカーもサッカーの試合を見るのも好きじゃない。 職業だからやってるだけだ。」
ビデオを観ていた10歳の少年の自分はただ好きなことをやっていればいいだけの存在だった。
サッカーもその一つだった。ただ楽しいからサッカーをやっていた。そこに義務感のようなものはなかった。だから好きではないのに職業でやってる、というバティストゥータの発言が遠い世界からやってきた言葉のように思えて、あのときみたビデオ群で一番記憶に残っている。
大人になった今、ときどきあのインタビューを思い出して、あの時の言葉が理解できるようになってきた。世の中には色んな職業があるが、ガブリエル・バティストゥータ的な存在は確かにいるんだろうな、という考え。一芸に秀でていてそれで飯を食っているが、そのジャンル自体には興味がない、というような事象。
例えばバンドマンで飯を食っているけど、他のミュージシャンのライブに積極的にいくことはしない。こういう人はけっこういそうだ。結局自分が聴きたい音楽があるから音楽を作って職業にしているだけであり、他人の作った楽曲には興味がない。
同じように他の人の本をあまり読まない小説家もいそうだし、映画をあまりみない映画監督だったりもいるかもしれない。これらはなかなかバティストゥータ的でかっこいい。
考えてみると芸術系のジャンルに例がある気がする。一種の偏見であるが、やはり芸術系の人は義務感からその職業を選択することは稀であり、そこでバティストゥータ的な義務感が発生していたとしたら、逆説的でかっこいい。そこに一流の人間にしか許されない態度をみることができるからだ。
では自分のような事務職サラリーマンだったらどうだろうか。
サラリーマンはそもそも食い扶持のために嫌な仕事をやっているという人が圧倒的に多いのが前提である。そこで、そもそも「仕事は職業だからやってるだけだ」とすごんだところで、「そりゃそうだよな」という感想しか出ない。
その中でも何か一芸に秀でたらどうだろうか。
例えば「Excelのピボットテーブルを作らせたら右に出る者はいない」、「普段何も仕事をしていないが、社内の根回しだけは異常にうまい」、「稟議書にハンコを押すスピードがものすごい」。
色んな能力・タレントが事務職の現場には広がっていることに気づかされるものの、やはりバティストゥータ的ではないと感じる。試しにインタビュー発言に当てはめてみたらこういう感じになるだろう。
「ピボットテーブル?Excelもピボットテーブルも好きじゃない。職業だからやってるだけだ」
想像していた通り全くかっこよくない。そもそもピボットテーブルが細かい集計をするために使われるツールであり、「ちまちま」した印象を受けるため、破壊的な「バティ・ゴール」の豪快なイメージから遠すぎる。
では破壊的ならいいのかというと、やはりExcelで「破壊」というとそれは「誰かがせっかく組んだ数式をよく破壊してしまう人」ということになる。バティストゥータの異名である「獅子王」にちなんでそういう人を「破壊王」と呼んでみるが、やはり滑稽さが滲み出る。確かに破壊はしているがそれは言うなればExcelのことを全く理解していないが故の現象だからだ。やはり事務職サラリーマンはバティストゥータ的なる事象からはほど遠い。