2023年02月01日
穏やかなフライトはみな似ているが、荒れたフライトはみなそれぞれに荒れている。
久しぶりの読書ブログ。『異常』を読んだ。
書店で目の着くところに置いてあることが多く気になっていた小説だ。
青空を背景としながらも、不穏なイメージを与える表紙がとてもかっこいい。
この『異常』が日本で発売されたのは2022年の2月のこと。
本国のフランスでは驚異的な売上を見せており、累計100万部を突破しているとのことだ。
Googleで調べたところ、現在、フランスの人口は6,800万人弱なので、おおよそ70人に一人程度がこの『異常』を読んでいる計算になる。
帯にある通り、ゴンクール賞を受賞している。
文芸色の強いゴンクール賞の受賞作で、これほどの売上を見せるのはまさにタイトルの通り『異常』なことであるらしい。
登場人物に主人公らしい主人公がいないのが特色の一つ。
穏やかな家庭人と殺し屋という二つの顔を持つブレイク、きな臭い製薬会社の顧問弁護士を務めるアフリカ系アメリカ人のジョアンナ、鳴かず飛ばずの生活を送っている翻訳家兼小説家のヴィクトル・ミゼル…。
その他にも初老を迎える建築家や、アフリカ・ラゴス出身のシンガーなど様々なバックグランドを持つ人物が登場する。
並行してそれぞれの人生が語られるところから物語がスタートする。
読み進めていくと、どうやら過去に同じ飛行機、フランス発ニューヨーク行のエールフランス006に登場人物たちが乗り合わせていたことが明らかになる。
その飛行機がフライト中にこの世の終わりかと思うような異常な乱気流に包まれていたことも。
無事に乱気流を抜けてフライトは成功したみたいだ。しかし、その後にタイトルの通り「異常」な事態に登場人物たちが巻き込まれていく。
ネタバレを避けると、このような内容が概要になる。
冒頭に引用したのは本書の一説だ。
どこかで見たことのある内容かと思う、そう、アンナ・カレーニナの書き出しをもじったものだ。
幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである
この状況がこの『異常』という小説のことをよく表していると思った。
バックグランドの異なる登場人物たちは同一の「異常」な事態に見舞われることになるのだが、それぞれの向き合い方、対処の仕方が異なる。
つまり、それぞれに『異常』だ。
言い換えれば登場人物の数だけ『異常』な事態を楽しめる、ということになる。
この小説で語られる異常な事態、恐らく実世界では起こりえないものかとは思う。
しかし、「もし自分に起こったらどうだろうか」という想像ができる具合が絶妙に面白い。
それぞれの登場人物に照らし合わせて、自分だったら誰に近い対応になるかなぁ、と考えながら読む場面も多かった。
構成的な部分に目を向けると、主題となっている異常な事態はSFチックな展開ではある。
しかし、物語の中心となるのは登場人物の人生であり、それぞれの異常との向き合い方。
エンタメ色が強い設定でぐいぐい引き込ませながらも、それぞれの人物の考えや洞察が鋭い。
つまり、殺し屋には殺し屋の、弁護士には弁護士の作家には作家の哲学がある。
たぶんこのあたりのバランスの良さがゴンクール賞を受賞しながらメガヒットを飛ばした理由なんじゃないかぁと思う。
メインの登場人物は確か11人ほど。テンポよく話が切り替わるので、あっという間に読み終わっていた。
読後、この『異常』を読んだことのある人と話がしたいと思った。
もし自分に『異常』な事態が起こったらどうするだろうということを話題にして。
たぶん、登場人物たちと同じようにそれぞれの『異常』があるはずだ。