# 海の日に「海辺の一日」を

**公開日**: 2026-07-20T23:43:15+09:00Z
**カテゴリー**: Diary
**タグ**: レビュー

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エドワード・ヤンの「海辺の一日」を観た。

![](https://images.microcms-assets.io/assets/c91d91814d4c435aac6eccfc4f87a846/7ed04d68e18948d6b150ce54ed754ed3/umibe.jpg)
台湾の鬼才エドワード・ヤンの映画が上映されるらしい。自分がファンのシンガーソングライターの柴田聡子のXのポストでそんなことを知った。柴田聡子が公開に合わせて、コメントを寄せたりパンフレットに解説を寄稿しているらしかった。上映スケジュールを調べていると、家から近所の川崎市アートセンターでまさに海の日にこの「海辺の一日」が上映されている。自分は海にはあまり行かない人間であるが、なんとなくその言葉に引きずられるようにして、海の日の予定として海辺の一日を観ることにしたのだった。

映画にはあまり詳しくはないのだが、よく映画を観ている時期があった。2013年から2017年にかけて横浜の伊勢佐木長者町に住んでいたときだ。黄金町の近くにジャックアンドベティというミニシアターがある。平日は忙しく仕事をしていたのだが、休日はあまり予定が詰まっていなかった。それで特にやることはない日はとりあえず映画館に行って、その日に上映されているものをみる、ということをやっていたのだった。エドワード・ヤンを知ったのはまさにあの時で、その時に「恐怖分子」という映画を観たのだった。ストーリーは今となっては詳細に思い出せないのだが、映像として強烈に印象に残ったシーンがいくつもある。80年代台北の当時の不穏な空気感を表しているなどの評価もあるが、映像のインパクトが強過ぎた。

「海辺の一日」は恐怖分子の３年前、1983年に撮られた映画でエドワード・ヤンにとっては初の長編となるらしい。

主人公は封建主義的な医者の家庭の娘、佳莉（ジャーリィ）。オーストラリアから帰国したピアニスト蔚青（ウェイチン）と13年ぶりに再会をしたところから始まる。そうしてお互いが共有している過去、共有されなかった過去、追憶を振り返るような形で物語は進む。佳莉の兄の佳森（ジャーセン）は蔚青と恋仲にあったが、大学を卒業するくらいのタイミングで、父親の強い勧めがあり、実家の近くの病院を営む一家の娘と政略結婚をさせられることになる。蔚青はその頃から佳莉とも距離を取るようになり、逃げるように海外留学の道を辿る。佳莉も大学卒業のタイミングで、同様に政略結婚させられそうになるが、それに抗うように家出をして、同級生の徳偉（ドゥウェイ）と駆け落ち結婚をする。そのままハッピーエンド…とはならずに、ビジネスマンとして日々忙しく働く徳偉と佳莉の心は少しづつすれ違い…。

ざっくりとまとめると、以上のようなストーリーだった。

はっきりいってあまり起伏のあるストーリーとはいえないし、167分と長丁場の中で「またこの展開か」というような印象の場面も多い。それでも上映中ずっと視線がスクリーンに釘付けになるタイプの映画だった。なんていうか一場面一場面がものすごく作り込まれているというか、構図、人物の歩き方、小物の感じ、とにかく目に映るもの全てが絵画的な閉じ込められた美しさを感じる。小津安二郎が撮影の際の俳優の一挙一動を細かく決めてたみたいな話を聞いたことがあるけど、それに近い撮影手法なのでは、みたいなことを考えながら観てた。観客にそれとわかるように暗に示すというやり方も自分は好きだったな。佳莉が夫との心が離れて行って、ハイブランドの服を買い漁る時に無機質なマネキンの中から現れる場面とか。あと、少し若者とはいえない年齢になってきた友人女性が年下恋人とダンスに行った際に、周りは激しいツイスト踊ってるのに、一組だけゆったり目の社交ダンスしてる場面もか（そのあと当然別れた）。

恐怖分子や超大作・牯嶺街少年殺人事件に比べるとプロットが少し俗っぽい印象がある。それゆえに圧倒的な映像表現の鬼才っぷりが際立つ。これはたぶんもう一回観る。というのも映像がすごすぎて、そっちばっかり気にしてた。次はもう少しストーリーに着目してみよう。