# 芸術にMECEはいらない

**公開日**: 2026-05-11T00:13:10+09:00Z
**カテゴリー**: Diary
**タグ**: 思考

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昨日は芸術によく触れた日。

午前中に六本木の国立新美術館で「YBA&BEYOND 世界を変えた90s英国アート」を鑑賞。

同じく六本木のギャラリーで池田亮司さん個展「sleeping beauty」。

その後恵比寿に移動してリキッドルームで北村蕗さんのライブをみた。

## YBA&BEYOND

![](https://images.microcms-assets.io/assets/c91d91814d4c435aac6eccfc4f87a846/20e532d486004cd48b55e4c74a61c5c2/YBA%20%26%20Beyond.jpg)
80年代から2000年代初頭、サッチャー政権による失業率の悪化、人種間の対立などで緊張感が高まっていた英国でアートで既存の動きを変えようとする動きがあった。YBA(ヤング・ブリティッシュ・アーティスト)と呼ばれた作家たち。そんな60名ほどの作家の作品を集めた企画展示。ロックバンド"ブラー"のジャケットデザインで知られるジュリアン・オピーの「ゲイリー、ポップスター」をフィーチャーしたポスター。これを通勤中に見かけて気になっていた。展示は5/11までとなっており、最後に駆け込みで行けてよかった。

## sleeping beauty

電子音楽家池田亮司さんの個展。

[池田亮司 「sleeping beauty」 （TARO NASU） ｜Tokyo Art Beat](https://www.tokyoartbeat.com/events/-/Ryoji-Ikeda-Sleeping-Beauty/83-FBBC-7-D/2026-05-09)

10作品ほどが展示される比較的小規模なイベント企画。こちらはTARO NASUにて無料で開放。6/6までやってるそう。

昨日YBA展と北村蕗の間で池田亮司の作品がギャラリーに来てたので観ました。計算されたバグっぽいイメージでかっこいい。こういう映像ってどうやって作るんだろう。 [pic.twitter.com/OB9pnoQ5p0](https://t.co/OB9pnoQ5p0)

— qlitre（くりったー） (@kuri_tter) [May 10, 2026](https://twitter.com/kuri_tter/status/2053468101732372810?ref_src=twsrc%5Etfw)

ちょうどむかしのブラウン管テレビの砂嵐のようにバグみたいな幾何学的なイメージが流れる映像。ずっと見てると規則的に動いているように見えて飽きない。こういう映像ってプログラムとかで作るのだろうか。気になった。

## Don&apos;t MIDI Me

![](https://images.microcms-assets.io/assets/c91d91814d4c435aac6eccfc4f87a846/0027aaa2dbad492c84c383d7cb0746c3/%E5%8C%97%E6%9D%91%E8%95%97%20LIQUIDROOM%205.9.jpg)
新進気鋭のミュージシャン北村蕗さんのソロライブ。

なんと無料イベント。

2026-05-09 恵比寿リキッドルーム 北村蕗
まずトラックのセンスがすごすぎた、、歌もうまいしギター弾いたりフルート吹いたりかなり多才な印象。最近まであまり知らなかったんだけど、無料イベントとはいえリキッドかなり埋めててすごい。 [pic.twitter.com/uf9dAh7O89](https://t.co/uf9dAh7O89)

— qlitre（くりったー） (@kuri_tter) [May 9, 2026](https://twitter.com/kuri_tter/status/2053115988762345880?ref_src=twsrc%5Etfw)

## 芸術に触れた日

以上かなりハイライトで紹介。ここからが日記の本題。音楽ライブには普段からよく行っているが、そういえば美術展に行ったのは久しぶりでいろいろと思うところがあった。

YBA展でいちばんの見どころはやはりダミアン・ハーストの《後天的な回避不能》1991年だったと思う。

![](https://images.microcms-assets.io/assets/c91d91814d4c435aac6eccfc4f87a846/eb88ad9eafb54c3e825a5793006c49aa/IMG_6540.png)
オフィスを思わせるガラスで仕切られたスペース。その中に地味で殺風景な机。椅子が一つ。そしてテーブルの上には大量のタバコの吸い殻。

有名な作品らしい。王様のブランチか何か忘れたが、そんな感じの昼にやってるテレビ番組でYBA展が紹介されていた。そこでこの《後天的な回避不能》が取り上げられていた。

現代ビジネスマンの閉塞感、孤独感、そして健康を蝕む習慣、避けられない死、そんなイメージを表現しているらしい。

今の時代のオフィスはもうちょっとマシだろという意見もあると思う。タバコはオフィス内でまず吸えない。ガラスで仕切られた空間はなくフリースペースなのかもしれない。無料で飲めるコーヒースタンドがあるオフィスもあるだろう。そもそも出社しなくて良い仕事もある。

しかし場所や働き方が変わったとはいえ、ビジネスマンの仕事の本質の部分はこの作品の時代とあまり変わっていないのかも。雇う人がいて雇われる人がいる。自分のやりたいことではなく会社を所有している人の考えを優先して仕事をする。同僚や上司と仕事の話をするが、個人的な話はあまりしない。安価に加工食品を提供するサービスが増えていて、望んだ健康が維持できているとは言い難い。

ざっと振り返りこんなことを考えたりした。正解はきっとない。しかし、どれも正解のような気もする。30年以上の時を経ても変わらない本質、この場合でいくと仕事の悪いイメージ。それを形にして残している。

仕事についていろいろと考える。自分は普段システム導入の仕事をしている。言ってみれば情報を整理して毒を取り除いて横に流しているだけと言える。相見積もりをとる。金額を比較する。導入効果をひねりだして、誰がみても納得できる形で稟議書にまとめる。それをみた上司がMECEとかなんとかツリーを使って考えたのか？そんな指摘をされてせっせと求められる形に情報を加工していく。

全くもって書き出すとつまらない。それに対してアートの面白い点は相見積もり比較もMECEもなんとかツリーもない。少ない情報で混沌としたイメージが「がつん」と伝わる点なのかも。《後天的な回避不能》ではたった４つくらいのアイテムで仕事の悪いイメージを僕に植え付けたように。

音楽も似たようなもので、音が多ければ多いというわけではなく、音数が少なくてもかっこいいリズムがあったり展開がすばらしくてグッとくる瞬間がある。仕事のMECEやなんとかツリーで整理し毒抜きされた情報はきっと一週間もすればみんな忘れて価値を失う。一方で美術作品は時代を超えて残り続けるし、音源だってそうだ。その源泉を辿ると作品を生み出したアーティストの混沌とした考えがあるはずだ。過程では生みの苦しみも。芸術とは混沌とした考えや過程を世に残すという機能もあるのかも。最後に僕は生成AIが描いた絵に魅力を感じないのだけどこのあたりに鍵がある気がする。成果物が優れていたとしても追った先に混沌がないものはものすごいスピードで情報の整理がされただけだ。それは仕事と同じでつまらないと感じる。